黛灰様

 

黛さんには初めてファンレターを書かせていただきます。私自身、自分が応援している方・好きな方にファンレターを書いた経験があまりなく、これからここに何を書こうかなというのが本音です。黛さんの活動終了というきっかけがなければこうしてペンを手に取ることもなかっただろうと思います。"最後だから"という理由で、私は2022年7月の1ヶ月間をかなり能動的に過ごすことができており、これに関してはひとえに黛さんのおかげです。ファンレターを書きたいと思ったのもその一環であり、この手紙は黛さん宛を装った自己満足になるかと思いますが、私は私のために、私が黛さんへどんな気持ちを抱いているかを書き綴らせていただきます。黛さんも黛さんのために、活動終了という選択肢をとられたことと思いますし。

私が黛さんの存在を知ったのは、大学4年の冬でした。2021年2月です。卒論も提出しおわり、あとは卒業式まで遊んで暮らすだけ!というタイミングでしたが、前年春頃から急激にコロナが流行し、少々制限のある自由に退屈さを見出していた頃です。友人からおすすみされたのがきっかけでした。おすすめされたのは、実は別のVTuberでしたが、その後勝手に黛さんの配信の切り抜きを見て勝手に黛さんのことを面白いと思いました。その切り抜きは黛さんが自分の引退について話しているもので、「おじさんになっても今の活動続けてると思う?」というリスナーからの質問に「続けてないな」とバッサリ即答されている姿が印象的でした。一見してネガティブな内容についても、自分が曲げたくないと思うところについてはかなりハッキリと話をされる様は私にとって衝撃的で、この人めちゃくちゃかっこいいな、良いな、と思ったことを今でも鮮明に覚えています。(黛さんへの導入がそこというのは、今考えてみると皮肉という何というか…で我ながら少し面白いです。)私はもともとアイドルが大好きで、今まで好きになった方々は「ずっと」を約束してくれているような感じがしていたし、それが時に言葉になったりもしていたので、そうして"終わり"を見据えているような発言をされることも、してもOKなことも、本当に驚きました。少し上から評価するような言葉になってしまいますが、「この黛灰って人は自分のどこにどんな商品価値があって、それをリスナーにどう受け取られているかというのを怖いくらい理解している/しようとしている人なんだな」と思いました。その印象は今に至るまであまり変化していませんし、私は黛さんのそういうところが本当に大好きです。「みんなが思う"にじさんじ所属バーチャルライバーの黛灰"でいられるのは、そう長くはないと思う」という言葉が本当に本当に刺さります。活動にいかにプライドをお持ちかというのがひしひしと伝わって、だから私は黛さんが提供してくれる配信を始めとした各種コンテンツを好きになったり、今も好きでい続けるということができていると思います。今回の活動終了というのも、そこにつながってくると勝手に解釈しています。自分の商品価値を守れないのならば、引き際は見誤りたくないということなのかなと。

黛さんに出会って、私の人生は大きく変わったと思います。それは何も目に見える物理的なものという意味ではなく。私は本当に本当に勝手に、考え方や価値観の部分で、自分と黛さんには共通項があると思っています。(もちろん私は黛さんの下位互換ですが。)そんな黛さんが打ち出すコンテンツの何もかもが面白いと思えることが、時折すごく誇らしいです。そして、「こんなにも才能あふれる人なのに、誰も知らないようなゲームをよくわからない時間にプレイしながらひとりでぼそぼそしゃべっている」感じの黛さんを見ると、すごく安心します。自分みたいな人間ってひとりじゃないのかも、と思えます。黛さんは決してこちらへ「ひとりじゃないよ」って直球の言葉を投げる人ではないと思っていますが、そんな言葉をかけられるより何より、黛さんがただ、こんなところにいてくれるのがたまらなくありがたいです。以前友人から私が贈ってもらって「派手ではないけど眺めるだけで今必要としている温度ちょうどの元気が出る」という言葉は、まるで私にとって黛さんみたいだな、と思います。黛さんが話してくれる日常や感想が好きです。「言葉を好きでいてよかった」と言ってくださったことは、私の一生の思い出です。そういう黛さんに何度もすくわれたし元気をもらいました。子供のころからずっとゲームもアニメもあんまりふれてこなかった私が、黛さんのゲーム配信なら何時間も見られるほど、親しみや好意を洋うようになったことも、人の話を聞くのが得意でなかった私が、黛さんの雑談配信を心待ちにするようになったことも、そういうの全部に、です。

大好きな黛さんが、大好きな黛さんのままでいようとしてくれている、というのが、今回の活動終了の正体だと私は思っています。だから、どれだけ引き留めたくても、できないし、本当はしてはいけないことだろうな、と感じます。黛さんなりの結論が、ある種、義理と不義理の交差点のようになってしまっているだけなのだろうなと、理性ではそう思います。それに、本能のところでどう思っていたとて、私(達)は黛さんを止めることはできないし。それが今まで黛さんが築いてきてくれたリスナーと黛さんとの距離感の表出でもあるかも、と思います。

でも、それでもすごく寂しいです。活動終了なんてしないでほしいです。ずっとずっと黛さんがここにいてくれないと嫌だと思ってしまいます。最後に最大の答え合わせをしてくれる黛さんが、どうしようもなく憎くて、かっこよくて、大好きです。本当はこんなこと一生言いたくなかったけど、黛さんのことを好きになることができて、本当によかったです。私の人生の一部になってもらえたことが、本当にうれしいです。これから先もそうなんだろうな、なんて思わせてくれて、本当にありがとうございました。そして、そんな思いで一度でも黛さんを苦しませてしまったことを、本当に本当に申し訳なく思います。

私は名高いリスナーでも、すごいリスナーでもなかったけれど、黛さんを好きだという気持ちがちゃんとあるんだと気づかせてもらえたことも、本当にありがたかったです。いつか、この先私が、黛さんの不存を、不在をありありと感じてどうしたらいいかわからなくなること、苦しむことがあるのであろう、ということが、私が黛さんからもらった業です。

"黛灰"としてどこまでも生きようとしてくださって、本当にありがとうございました。散り際まで面白く輝いてやろう、という魂胆にすらビリビリきます。どこまでいっても、私は黛さんのことが大好きです。

 

どうかお元気で。愛しています。

 

2022/7/28 な🌷

 

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